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海禅院

■場所

和歌山県和歌山市和歌浦中

■由緒

1649年、徳川家康の33回忌の際、養珠院(お万の方)が、妹背山に法華経を書写した経石を納めた石室を造り、その上に小堂を建てたのが始まりらしい。 経石の数は、養珠院に賛同した後水尾上皇や庶民など、身分を問わず全国から集めて20万個になったらしい。 養珠院(お万の方)の没後、1653年に紀州藩主・徳川頼宣は、小堂を2層の多宝塔に改築し拝殿と唐門を建立したらしい。 その後、養珠寺の末寺となり、紀州徳川家の庇護を受けていたが明治維新で江戸幕府が滅亡すると荒廃していき、 檀家のない海禅院は多宝塔を残すのみとなったらしい。明治時代、紀州・徳川侯爵家の意向で、海禅院は本山報恩寺の末寺となったらしい。

■参拝日

2012年12月29日

■日記

紀三井寺で参拝後、玉津島神社へ向けて歩いてたら、和歌川という比較的大きめの川に出くわしました。和歌川の橋からの景色は、それはもう絶景で。 なもんで、橋の途中で立ち止まり、しばらく景色を眺めてました。すると遠く対岸の方に、水辺に建つお堂を発見! これはと思い、水辺に建つお堂へ向けてまっしぐら。そんなこんなで、到着!どうやら海禅院というお寺らしい。 早速、境内に足を踏み入れ、水辺に建つお堂へ。水辺に建つそのお堂はコンクリート製で、お堂というより、展望台といった方がよさそう。 ってか、お堂でも展望台でも、どっちでもいいんだけど、とにかく絶景!どうやら今私が見ている景色は、和歌浦という景勝地のようだ! そんなこんなで、水辺に建つお堂に腰掛け、しばしボーとしてました。和歌浦、ステキです。 ってか、和歌山とか和歌川とか和歌浦とか、何か知らんけど適当な感じで、こういうの好き。その他、江戸時代建立の多宝塔がありました。 小ぶりながらもステキな塔でした!ちなみに、ご住職の奥さんらしき人が言うには、前の住職さんがハンコを返してくれないので、ご朱印はできないとのことです! 想定外の理由だったので、ちょいと笑ってしまいました!

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和歌川に架かる旭橋を
歩いてると
遠くに水辺に浮かぶ
お堂を発見!

■三断橋■


って事で、到着!

■三断橋■


現在、工事中の為
仮の橋を渡る

■三断橋■


ちなみに
1648年~1651年建立で
県内最古の石橋らしい

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■参道■


背骨みたいな参道

■参道■


参道途中の井戸

■参道■


■集会所■


本堂かと思ったら集会所
このお寺には本堂はないらしい

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■観海閣■


初代紀州藩主・徳川頼宣が
1652年に水上楼閣として
建立したが
1961年の台風で倒壊

■観海閣■


その後、鉄筋コンクリート製で再建

■観海閣■


ステキです

■観海閣■


ステキです

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■観海閣■


ステキです

■観海閣■


ステキです

■観海閣■


大正時代の写真
~境内の案内図より~

■観海閣■


景色を
楽しむ事ができる水閣として
参拝人や庶民に
開放されていたらしい
~境内の案内図より~

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■多宝塔■


1653年建立

■多宝塔■


高さ約13m

■妹背山■


多宝塔の横から
登れます

■妹背山■


登山開始10秒

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■妹背山■


山頂に到着!
妹背山は周囲250m程の小島

■妹背山からの風景■


相模の江ノ島、近江の竹生島、
安芸の厳島と並ぶ
水辺の名勝

■妹背山からの風景■


ステキです

■妹背山からの風景■


写真右の橋が不老橋
1851年建立

ひと足のばして
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■和歌浦■


国指定の名勝
和歌川の河口部で
干潮時になると広大な
干潟が姿を現すらしい

■芦辺屋・朝日屋跡地■


1648~1651年に
紀州初代藩主・徳川頼宣が
妹背山を整備すると共に
鏡山の東麓に
芦辺屋と朝日屋という茶店を
造らせたらしい

■芦辺屋・朝日屋跡地■


上の絵は明治26年の様子
下の写真は昭和10年代の様子